昔、この川を訪れた人に

 

訪れた人に贈る叙情歌

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送電線を見上げて

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月見草(まだ日が高いので咲いていない)

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川面(下流に向かう)

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ブッドレア(フジウツギ)

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今も健在、大きな岩その表面に草が生えて

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カンゾウが道端に

 

 多摩川(中流域)の河原にはニセアカシアなどの灌木や多くの雑草が多く生息している。40,50年前の河原はこんな情景ではなかった。玉砂利が多くあり白い河原が広がっていた。川底の玉砂利は採石されて、都会のビルの資材として盛んに使われた。その結果、何時しか川底の粘土層が露出してしまった。上流の小河内ダムが完成すると、多摩川の水温が下がり冷水の川になり、魚がいなくなってしまった。川の中を見れば、アユ、ウグイ、オイカワ、ヤマメ、ウナギ、大きなナマズなどもいたが、今では魚影を見る事がほとんどなくなった。鮎釣りをしている人を1時間ぐらい見ていたが、一匹も釣れないでいる。変わり果てたものだ。

 しかし、悠然と細やかに空の色彩を映し出して流れゆく様は、今も昔も変わらない。じーとして眺めていると、時代を超えて語りかけてくる瀬音に何時しか耳を澄ませている自分にふと気がつく。空をハヤブサが飛び去り、そのあとをシラサギが舞い、セキレイがニセアカシアの木に行き交う。そして、水面にきらきらと光線が錯綜する。

 やはり、ここは故郷(ふるさと)の川だ。ここで、命を得て知らず知らずに鋭気が身体に満ち満ちてくる実感がある。流れゆく歳月と今まさに流れゆく水の精が重なり幾重にも回想する過去がよみがえる。そして、明日に向かって生きようとする自らの胎動を感じざるを得ないものである。多摩川の水を飲料水として生きてきた喜びをしみじみ感じている。多摩川よ、また来るからね。

 

 

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